南北朝時代の背景について
南北朝時代は、1336年から1392年にかけての日本史上の時代であり、南朝と北朝に分かれた時代です。この時代は、室町幕府の成立によって鎌倉時代から室町時代へと変わる時期でもあります。
南北朝時代の背景には、鎌倉時代末期に起こった元寇や、幕府内部の対立などがありました。また、室町幕府が成立したことで、皇室や公家などの権威も低下し、南北朝時代には多くの皇位継承争いが起こりました。
南北朝時代の天皇について
南北朝時代には、南朝には後醍醐天皇や光明天皇、北朝には光厳天皇や後亀山天皇などがいました。しかし、南北朝時代における天皇の正統性については、現在でも議論が分かれています。
南北朝時代において、南朝側は後醍醐天皇を正統な天皇として位置づけ、北朝側は光厳天皇や後亀山天皇を正統な天皇として位置づけていました。また、南北朝時代には、足利尊氏が北朝側について天皇の権威を強化するなど、両者の対立が激化していました。
南朝側の天皇について
南朝側の天皇として最も有名なのは、後醍醐天皇です。後醍醐天皇は、元弘の乱を起こし、鎌倉幕府を滅ぼしたことで知られています。また、建武の新政を行い、尊王攘夷の思想を広めました。
後醍醐天皇の後、南朝には光明天皇や後亀山天皇などが続きました。しかし、北朝側の勢力が強まり、南朝は衰退していきました。
北朝側の天皇について
北朝側の天皇としては、光厳天皇や後亀山天皇などがいます。北朝側は、南朝側とは異なる皇位継承法を定めており、南朝側の天皇を認めない立場をとっていました。
また、北朝側には、足利尊氏や足利義詮などの有力な武将がいたこともあり、北朝側の勢力は徐々に強まっていきました。
南北朝時代の終わりについて
南北朝時代は、1392年に北朝側が勝利し、南朝側は滅亡しました。この時、後小松天皇が即位し、南北朝時代は終わりを迎えました。
南北朝時代の終わりには、北朝側が勝利したことによって天皇の権威が回復され、室町時代に入ると天皇の地位が再び高まっていきました。
まとめ
南北朝時代における天皇の正統性については、現在でも議論が分かれています。南朝側は後醍醐天皇を正統な天皇として位置づけ、北朝側は光厳天皇や後亀山天皇を正統な天皇として位置づけていました。南北朝時代の終わりには、北朝側が勝利し、南朝側は滅亡しましたが、天皇の権威は室町時代に入ると再び高まっていきました。